けれども、貧乏でどうしてもくらして行けないので、おかあさんと、正助さんは、よその家にやとわれてはたらき、おとうさんをやしないました。家の人が、わかれわかれにくらさなければならないとは、全くつらいことですね。それでも、正助さんは、いっしょうけんめいはたらき、むだづかいをしないで少しずつお金をため、そのお金でわずかばかりの土地を買い、やっと小さい家をたてることができて、おとうさんにすんでもらいました。でも、正助さんは、おとうさんといっしょにくらすことがどうしてもできません。おかあさんも、正助さんも、もとの主人のところにまたやとわれてはたらきました。
一日も早く、親子三人が、同じ家で楽しくくらそうと、それをめあてに、骨身をおしまず、朝早くから夜おそくまで、はたらいて主人につかえ、少しのひまがあると、山をひらいて畑をつくり、それからとれるもので、おとうさんの好きなものを買ってあげたりしました。正助さんが二十一才になったとき、今までいっしょうけんめいはたらいたおかげで、おかあさんといっしょに主人からひまをもらって、家にかえり、みんなそろってくらすことができるようになりました。みんな、どんなにかうれしかったことでしょうね。
「ようし、こんどは、もっともっとはたらいて、おとうさん、おかあさんを安心させてあげよう。」と正助さんは心にふかく決心しました。そして田を二十アール(二反)ほど買い、おとうさん、おかあさんをよろこばせました。今までも、正助さんは、何かと気をつけて、できるかぎりの孝行をしてきましたが、これからは、朝も夜もいっしょにくらすことになりましたので、それこそ、かゆい所に手のとどくほどに子として、まごころをおとうさん、おかあさんにささげることとなりました。
武丸村に正助さんという孝行な人がいると世の中の評判にもなり、黒田藩の殿様からもりっぱなほうびをいただくようになりました。正助さんは、親や主人によくおつかえしたばかりでなく、まるで仏様のように、親切で思いやりの深い人だったのです。


